訴えかけてくるものを、描こう。
(片岡鶴太郎さん)
親愛なる君に

『ようこそ先輩』(NHK)で、片岡鶴太郎さんが、
母校の荒川区の小学校で、絵の授業をされているのを見ました。
好きな魚や花を選んで描くんだけど、
「なんで、これを選んだの?」と、鶴太郎さんに聞かれて、
子供たちは、「なんとなく」としか答えられなかった。
「『自分を描いてくれ』と、訴えかけてくるものを描こうよ」
と、鶴太郎さんは、子供たちに宿題を出した。
ある女の子が、自分を描こうと写真を持ってきた。
その写真は、5歳の頃、お母さんと一緒に写っている写真だった。
彼女は、描いている途中で、描けなくなってしまった。
お母さんをはずして、自分だけの絵を描けなかった。
どうして、その写真を持ってきたか、最初わからなかった。
実は、彼女のお母さんは、彼女が5歳のときに、亡くなっていた。
彼女が、描きたかったのは、5歳の自分ではなく、お母さんだった。
それは、彼女自身も、気づいていなかった。
その話を聞いたとき、鶴太郎さんは、「そうなんだ……」と言って、
あとは何も言わなかった。
励ましも、慰めも、同情も、言わなかった。
その顔が、いちばん印象的だった。

                        中谷彰宏拝
P.S.
僕は今、本を書いているけど、
「自分を書いてくれ」と、訴えかけてくるものを書いているか、
自分に問い直してみた。