写真を撮っていない場所のほうが、思い出の場所だ。
(駿台谷塚学生ハイム)
親愛なる君に

僕が、東京に来て、最初に住んだ予備校の寮が、
なくなるらしいと聞いて、早速、写真を撮って行かねばと、見に行きました。
駿台予備校時代に2年も住んでいた思い出の寮です。
「続編を早く出して」という希望の最も多い1冊『受験王になろう』の
舞台となった青春の寮です。
電車からも見える場所だったので、
行く電車の中から探したのですが、
東武伊勢崎線は、立体線路に変わったために景色が変わって
見つけることができませんでした。
駅も町並みも、すっかり変わっていました。
(ここらへんも、ずいぶん変わったな……)
カメラを出しながら、足早に急いだ僕の目の前にあったのは、
更地でした。
一瞬、(……道を間違えた)と独り言を言いました。
詐欺にあった人のような、気持ちでした。
場所は、まぎれもなく、そこでした。
すでにそこには、建売住宅を建てるための地ならしの工事まで、
始まっていました。
変わったのは、町並みだけでなく、寮も同じでした。
僕が、寮に入ったのは、できた最初の年でした。
あれから24年。
24年も前の建物が、いまだにあるというほうがおかしいと言われれば、
その通りです。
『受験王になろう』の続編を、書きたくなりました。
その寮の中での写真は、クリスマス会の時に全員で撮った1枚だけです。
寮の外観を撮影した写真は、1枚もありません。
ここに、入り口があって、ここに公衆電話があって、
ここにゴミ置き場があって……。
思い出の場所の写真って、なんで少ないんだろう。
写真の少ない場所が、思い出の場所なんだね。
僕は、更地に向かって、まぼろしの寮の写真を撮りました。

                        中谷彰宏拝
P.S.
思い出の場所がなくなる前に、写真を撮りに行こう。