小学生低学年の頃、初めて手紙を出したのが、横山光輝さんだった。 |
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親愛なる君に 横山光輝さんは、さすがにカッコよかった。 「焼死」とは、まさに『三国志』の英雄のようなエンディングでした。 僕が、小学生の低学年の頃、初めて、手紙を出したのが、 横山光輝さんでした。 少年誌の隅っこに、「横山光輝先生に、マンガの似顔絵を描いて送ろう」と 書かれていたので、送ったのでした。 その時、僕が描いたのは、『仮面の忍者 赤影』でした。 『三国志』全61巻は、ラストが近づくと、読み終えるのがもったいなくて、 わざとゆっくり読んでいました。 『鉄人28号』も、かなり描きました。 『バビル2世』にも、憧れました。 中国の歴史物語は、ほとんど横山光輝さんに教わりました。 『魔法使いサリー』は、もともと「サニー」だったのが、 日産サニーが発売になるのと重なったので、「サリー」になったそうです。 『サリー』を見ていた頃は、 『赤影』と同じ作者だとは、知りませんでした。 でも、サリーのお父さんの顔のタッチは、 まぎれもなく、『三国志』のタッチですね。 亡くなっても生き続ける諸葛亮孔明のように、 僕の心の中で、横山光輝さんは生き続けています。 彰宏より。 P.S. 横山さんのマンガを読みすぎたので、 朝起きるといつも、サリーちゃんのパパの髪形になっています。 |