カニ玉は、カニ抜きカニ玉が、おいしい。
(天津丼)
親愛なる君に

「中華丼時代」の次に訪れたのが、「天津丼時代」です。
これは、大学時代前半の吉祥寺に住んでいた時代に重なります。
「中華丼時代」が「御茶ノ水文明」なら、
「天津丼時代」は「吉祥寺文明」です。
天津丼は、最も贅沢品でした。
650円でした。
最も贅沢料理である焼肉定食が500円。
焼きそばは、400円が相場でした。
400円・450円・500円とメニューが並ぶ中、
650円は、いきなり突出した値段でした。
サザビーズのオークションなら、ここで全員ため息が出るところです。
僕が、「天津丼」と頼むと、バイトのお姉さんが、「店長、天津丼ですけど……」
と、心配そうに店の奥に告げる。
すると、めったに顔を出さない店のオヤジさんが「天津丼?」と、
(どんな奴がそれを頼んだんだ?)という顔で、のぞくのです。
それくらい、650円のメニューは、誰も頼まないメニューでした。
おもちゃ屋さんのでっかいぬいぐるみみたいなもので、
それは看板であって、売り物ではないメニューだったのです。
天津丼の注文が入ると、
オヤジさんは、カニ缶を開けなければならなかったのです。
1回開けると、次に天津丼の注文が入るのが、1か月先になって、
いたんでしまうのです。
だから、オヤジさんとしては、本当は650円どころか、
「時価」にしたいくらいだったのです。
一方、僕は、卵とあんかけが好きなだけで、
カニは入ってなくてもよかったのです。
「天津丼 時価」と「天津丼(カニ抜き)350円」というメニューを
作ってほしかったのです。

                        彰宏より。
P.S.
今でも、僕は「カニ抜きカニ玉」が大好きです。