トイレに、閉じ込められてもいいように、準備しておこう。
親愛なる君に

「腕枕で、どんなお話をするんですか?」
と聞かれました。
ロマンチックなお話もするけど、
「今日、こんな面白いことがあった」というお話もします。
たとえば、こうです。

今日、面白いトイレを発見しました。
レストランのトイレなんだけど、
きっと、あとから追加して、ムリヤリ作ったんでしょうね。
作った人の、つらい気持ちがわかるトイレなんです。
個室のほうが、とてつもなく狭いのです。
洋式の便器が、やっとギリギリ収まっているのです。
トイレって、便器が収まればいいというものではない、
ということがわかりました。

作った人は、「ギリギリ入ったよ。セーフ」と、拍手喝采だったでしょう。
確かに、便座に座ると、ちょうど だ円形と、四角い個室の角の透き間に
足を差し込む(入れるではなく、まさに、差し込む)スペースはありました。
両肩は、完全に両壁に当たっていて、むしろ、壁に押されている感じです。
トイレットペーパーが、右側についているのですが、
右手は、ひじを曲げるスペースがないので、
右手ではとれません。
さて困ったのが、立ち上がろうとすると、立ち上がれないのです。
重心を前にかけるスペースがないので、
壁を押さえながら、立つしかないのです。
ところが、ここで、右側にあるトイレットペーパーのホルダーが、
ひっかかってしまいまいました。
(あれっ? さっきは、どうやって入れたんだろう……)
(やばい、僕は、ここから、一生出れない
山椒魚になってしまったんじゃないだろうか)
(待て待て、ほかの人たちも、使ってるはずだ)
お店の人を、呼ぶわけにも、いきません。
その時、コンコンとノックする音が聞こえました。
(急いで、出ないと……)
僕は、右手を背中に回して、水を流すレバーを手さぐりで探しました。
体をひねることができないので、なかなか見つかりません。
(なんだ、これ?)
変な手触りのものを、いっぱい、触りました。

                        彰宏より。
P.S.
「それで、それで……」
腕枕の君が、聞きました。
僕は、落ちを言う前に、閉じ込められた状態のまま、眠ってしまいました。