『大人のスピード勉強法』(ダイヤモンド社)
勉強すれば、人生が楽しくなる
評:鷲田小彌太
(「中央公論」2000年3月号)


 野口悠紀雄『「超」勉強法』以来、勉強「法」が注目されだしたのは
いいことだ。「なぜ」学ぶのかよりも、「いかに」学ぶのか、に焦点を
当てた「勉強法」で、従来これは受験雑誌の独壇場であった。しかし
翻ってみれば、梅棹忠夫『知的生産の技術』や渡部昇一『知的生活
の方法』という超ロングセラーも、立派な「大人」の勉強法として広く
迎えられてきたのである。それは、勉強が学生や受験生に特殊なこ
とではなくなり、人生の必須事、とくに社会に出てから学ぶ必要が一
般化したことと強く関係がある。

 著者の中谷彰宏は、現在40歳、この数年、1週間に1冊本を出し
続けており、書くことが1個の企業活動である、と見立てることがで
きるかのような怪物ぶりである。しかもTVや映画で活躍する俳優で
あり、さらに演出家である。

 私は中谷の著作を読み続けて、正確には読まされ続けてきたが、
その主張になるほどと思うものの、賛嘆して終わりという場合がしば
しばであった。そこに登場するサンプルが、ホテル業界や占いとい
うように、私の経験世界とかけ離れていたからである。しかし、本書
は違う。ちょっと嫌味な言い方になるが、中谷は「鷲田」をモデルにし
てこの勉強法を書いた、モデル料をよこせ、といいたくなるほど私の
寸法に合っているからである。

 「本書を読むのにかかる時間は、意識で決まる」「同じ本なら、10
時間で読むより1時間で読んだほうが得るものが多い」「同じ時間な
ら、3時間で1冊じっくり読むより、3時間で10冊読んだほうが得るも
のが多い」。その通り。私は本書を歯科医院の待ち時間の間に読
了してしまった。

 「速く考えたほうが、深く理解できる」「スピードを付けないと、勉強
できない。大人の勉強は、スピードが命」「何を書こうかは、書き出
してから浮かぶ」「10年続ければ、学問にならないものはない」「勉
強すれば、人生が楽しくなる」。これらは私のモットーというより実践
則である。

 もちろん、本書は中谷の体験からえられた勉強法であり、私の実
践則と一致するのは、通則と異なるように見えるが、実用的で適用
範囲の広い方法であるからに違いない。私は周囲を眺め回して、
大学教師は時間がありすぎるから勉強しない、と判断しており、逆
説的に聞こえるが、1つの勉強に時間をかけすぎるから理解が進
まない、と推断している。この私の観察も、中谷のと一致するだろう。
 ただし、1点だけ「その通り」と思うものの、私が実践しないできた
のが、「記憶力は、年をとったら衰えるというものではない」という記
憶力錬磨の部分だ。私は、「自分は記憶力が弱い」という固定観念
にとらわれていたので、「どんどん覚え、どんどん忘れよう」をモット
ーとして以来、読書も、仕事もぐーんとやりやすくなり、はかもいくよ
うになった。中谷もいうように、インプットもアウトプットもぐーんと大
きくなった(ような気がしてきた)。ところが、それにかまけて、記憶
力をトレーニングする努力を怠ってきたのである。結果は予想通り、
惨憺たるものだ。

 野口は「勉強は楽しい」といった。中谷は「勉強すれば、人生が楽
しくなる」という。本書を読めばこの2命題の違いがわかる。私は中
谷のほうの腕を上げるが、どうだろう。
(札幌大学教授・哲学)