『なぜあの人は落ち込まないのか』(ダイヤモンド社)
評:井狩春男
(「編集会議」2003年2月号)

落ち込まない人などはいない。
誰でも落ち込むから、この本が売れる。

たいがいの人が、うまくいったことより、失敗したことや、
なにか嫌なことがあったりしたことのほうが気になって
しようがないものだろう。
小生などもそうで、ずっと昔の嫌なことを、
もうとっくに済んでしまったことなのに、ふと思い出したりして、
落ち込んでしまったりすることがある。

まず、“誰でも”読者対象になれる内容であることに、
この本が大売れしている理由がある。

確かに内容はいいのだが、それをお金を出してまでも読もうとする人が、
ほんの少数しかいない本であれば、ベストランキングに入りようがない。
読者が大勢いる本であるか、そういう内容であるか、編集者は、
まず最初にチェックしなければいけない点である。
そのへんは、中谷彰宏さんは、熟知している。
ベストセラーの方程式を、自分で唯一身につけているスバラシイ著者だ。

誰でも落ち込む。
そういう人の弱さに対して、なんとか元気にしようと、
知恵をしぼり、エールを送っている。
読者は、そんな中谷さんの気持ちを、書店で察して、受けとめてくれるのだ。
本自体が心が伝わりやすいように作ってある。
中谷式ベストセラーの法則なのだろう。

まずタイトル。
『なぜあの人は落ち込まないのか』が読者は、気になる。
落ち込まない人になりたい人になりたいと思う。
手に取り、帯文を読む。
「ついている人に拍手すれば、ツキが寄って来る。」
 
帯のウラには、ダメ押し文がある。
「落ち込ませている犯人は、自分自身だ。」、
そうだよなー、どんなことがあっても、
自分が落ち込まなければいいんだよなー。
軽く、カウンターパンチをもらう。
「『できなかったこと』より、『できたこと』を考えよう。」
「『勝っても、はしゃがない』ことが、『負けても、沈まない』コツ。」、
ナルホド、ナルホドと思ってしまう。
「結果にこだわるから落ち込む。内容にこだわれば、落ち込まない。」
「やるべきテーマは、1日1つでいい。」
「失敗で落ち込むのは、失敗が少ないからだ。」……

ここまで読ませてしまったら、この本の勝ちである。
この本の読者になるであろう人なら、もう80〜90%買おう!と思ってしまうだろう。

念のため頁を開く。
まえがきに、さらっと目を通すと、落ち込んでしまった時に、
「落ち込んじゃった」と、自分の状態をますます肯定するのではなくて、
「今ちょっとバランスをくずしている」と考えましょう、とある。
このあたりで、かなりフラフラになる。

パラパラと本をめくると、あっちこっちに大きな活字があって、
目に飛び込んでいる。

「落ち込んでいる時は、息を吐くのを忘れている。
忘れている息を、吐こう。」
「他人の悩みは、たいしたことなく感じることができる。」
「結果は変えられないが、行動は変えられる。」
「明るくふるまうことで、落ち込みから抜け出せる。」
「悪いことは一過性で、よいことは永遠に続く。」……

見出しが結論になっている。
分かりやすい短いコメントがあって、最後に
「落ち込まないために」と方法を書いている。
これがウマイ!
たいがいの人の本は、読んでも読んでも、なかなか結論が出てこない。
あなたが何が言いたいのですか!とイライラしてきたりする。
いきなり、結論。
読者に伝えたいことが最初にある。
ベストセラーのキーワード、(時間が)「短い」を満足しているのである。

ここまで読んだなら、1500円に届かない定価ということもあって、
読者はスンナリ買ってしまうものである。

(ベストセラー鑑定人 井狩春男のこの本が売れる理由 から)